翌日・・・日曜日午前9時・・・

俺は目覚ましのベルが鳴る前に目を覚ました・・・
まだ寝ぼけている頭を振って、枕元においてある携帯を手にした
一秒ごとに進んでゆく時計の文字が、少しずつ俺の意識を覚醒させてゆく
そして俺は ふう とひとつ息を吐き・・・ワンタッチボタンを押した

受話器の中で続いている呼び出し音・・・・
胸の鼓動がほんの少し早まるのを感じた


「もしもし?珪くん、おはよ〜、昨日はメールのお返事ありがとう!」
「ん・・おはよう、いま話してて大丈夫か?」
「うんうん、まだおうちだよ、着替え終わって出かけるところ
 今日は、珪くんのとこいけなくなっちゃって、ほんとごめんね〜」

受話器の向こうがわに、の弾んだ声
いつもの様子に、なんだか ほっ とする俺

「別に・・・気にしなくていい・・・あのな、
「なぁに?」
「今日はどこに出かけるんだ?」

「今日はね久しぶりに遊園地へ行くんだ〜!
 奈津実ちゃんが「お化け屋敷行こう」って張り切っててね」
「・・・遊園地か」
「あのね、アメリカでは遊園地は絶叫マシンが多いんだって
 だから、はばたき遊園地のお化け屋敷で久しぶりに寒くなりたいって
 まったく、お化け屋敷入らなくても寒いのにね〜」
「はは、確かに寒い」

「でも、どこへ出かけるんだって、なんで?」
「ん?ああ・・・クリスマス俺たちが行く場所が重ならないようにって思ったから・・・」
「そっか〜、さっすが珪くん、いろんなこと考えてくれてるんだね
 珪くんのそういうとこも、大好き〜」
「・・・バカ、朝からそんなこと言われると」
「照れる?照れる?えへへ、照れてる珪くんも、大好き〜」

「連発するなよ・・マジで照れるだろ」
「あははは、可愛い〜
 ねえねえ、珪くんは?」
「・・・ん?」

「珪くんは、私のこと好き?」
「・・・・さあ・・・どうだろう」
「ん〜〜もぉ!意地悪!」
「ははは、俺が意地悪なのはよく知ってるだろ
 じゃ、そろそろ支度して出かけろ、藤井によろしくな」
「は〜い、それじゃ、まったね〜!」

通話を切った俺は、携帯を充電器にセットして、階段を下りてゆく
ウキウキと嬉しそうな電話口のの声が、ほんの少し妬けてくるような気分で・・・

やっぱり、まだまだ俺も人間できてない・・・
でも、彼女に興味がなくなったら、そのほうが余程よくないだろ、ん、そうに決まってる

なんてことを言い訳がましく思ったりした・・・


冬の朝らしく・・・階下は冷え切っていた
俺はざっとシャワーを浴びると自分の部屋へ戻った
そして、クローゼットの中を確認する

いつも手前にあるものだけを適当にきているけれど
ざっと見ただけでも、相当量の服がここには入っているらしい
メーカーからもらった試作の服なんかは、奇抜すぎて普段着る気にはならない
だから気づくと着やすいニットや、適当なシャツなんかを多く着ている
でも、今日の俺は・・・
普段着ない服を一生懸命に選んだ・・・・


「ん・・・これはどうだろう、お、案外似合うな・・・」

「この赤い服はさすがにやめておこう、まるでサンタクロースだ」

様々な服を引っ張り出しては・・・鏡の前で自分にあてて眺めてみる
独り言を言いながら、あれこれ選ぶのがなんだか俺は楽しかった

20着ほどの服を・・・ベッドに放り投げて
最終的に俺が選んだのは・・・
ジーンズと・・・ブラウンのフライトジャケット
そして、チェックのネルシャツに、耳あてつきのレザーパイロットキャップ


「どう見ても・・・自家用飛行機を運転してるおっさんだな」

鏡の前にいる俺は・・・まったくの別人に見えた
耳あてがついている奇妙な帽子のおかげで・・・髪も程よく隠れている
袖にいろいろなワッペンがついているジャケットは
俺が最も選ばないであろう品物だった
そして最後に俺は、サングラスをかけた


「よし、完璧だ」

充電器にくっついている電話をはずして、ポケットに突っ込んだ
階段を下りる自分の足音まで、いつもと違っている気がした










12月の第二日曜・・・天候は快晴
はばたき市は、低気圧の影響からか、冷たい北風が吹き荒れていた

俺がと約束をしてデートに出かけるときは、たいてい天気が悪い
雨が降っていなければラッキーくらいの感覚で
こんなにきれいに晴れるわたることは2割くらいのものだろう

だから・・・、この天気の良さが少し恨めしかったりするけれど
バスの中の俺は思いのほか機嫌がよかった

何しろ、俺のことを誰も気づかない・・・

俺は・・・言いようのない開放感に浸っていた
通常、どこへ行くにしても、数回は携帯電話のカメラが自分を撮影している音に気づく
何も言わずに近寄ってきたカメラの主は、初めこそこそと、次第に大胆に好きなように俺を撮る
高校の頃は、そんなことをされるのが嫌でたまらなくて、いちいち文句を言っていた
でもいまは反応することも馬鹿馬鹿しい、ただ目を閉じじっとしている

でも、今日は・・・
この「変装」のおかげで、誰一人俺に気づかないどころか近寄ってもこない
サングラスの向こう側の風景は、何の変哲もない日常・・・それが心地よかった



バスはやがて、山の中腹まで上ってゆく

「次は〜はばたき遊園地〜はばたき遊園地です
 新はばたき駅からお乗りのお客様は、大人240円子ども120円です
 両替のお客様は通路を塞がないように運転席後ろ側でお願いします」

車内にアナウンスが流れると、幼稚園くらいの子供が嬉しそうに窓の外を指差した
その指の先をつられて眺めると、観覧車がのんびりと動いていた



入園ゲートの前へつくと、バスから降りた客がチケットを買うためにチケットブースへ走り出す
客は30人ほどもいただろうか・・・俺は一番最後に並んだ
列の半分が小さな子どもをつれた親子、半分が小学生らしきグループ
子どもたちの中には、微妙なカップル風味の4人組がいて

ダブルデートってやつか・・・懐かしいな・・

なんてことを思うと、照れくさそうな横顔がなんだか可愛く見えた
俺もに誘われて高校の頃「4人組」ってのでここへきたことがある・・・

「お客さま?」

そのときもそういえば、藤井と一緒だったような

「お次のお客さま〜?」

後から聞いたら、藤井は姫条が好きだったって言ってたような

「お並びのお客さまチケットはよろしいですか?」
「あ、はい」

チケットブースの中からマイクで呼ぶ声がして、俺はあわてて返事をした

「フリーパスでよろしいですか?」
「あ・・いや、入園券で」
「はい、大人一名様800円です
 乗り物券は園内でもお買い求めになれますのでご利用ください」

オレンジ色の派手な入園券を受け取って、俺は入園ゲートをくぐった





『もしかしたら、に会えるかもしれない』
『でも、会ってもきっと気づかれないはずだ』
そんなことを考えながら、俺はきょろきょろと辺りを見回した

園内は、山の中腹にあることもあり北風にさらされて人影はまばらだった
なおかつ、見回した俺の視界に入った人影の8割以上は子どもだった

子どもってのは、この寒さの中どうしてあんなに元気なんだろうか

と不思議に思うほど、どの顔もイキイキと嬉しそうに乗り物から乗り物まで走っている
そんな子どもたちを横目に、俺は、園内を見渡せる観覧車に向かった
『上から見回したら・・・を見つけられるかもしれない』そんなことを考えたりした


絶叫マシンでもなんでもない観覧車は子どもには不人気なのか、並んでいる人など誰もいない
俺は少し錆びが目立つ黄色い箱に案内されて、一人その中に乗り込んだ

観覧車の箱の中では、のんびりとしたBGMが流れていた
ゆっくりゆっくりとした動きに揺られていると
この場所だけまったく違う時間軸で動いているように思えた


のんびりと上へ進んでゆく観覧車の窓から、遥か遠くにはばたき湾がみえた
冬晴れの陽を浴びて・・・海はキラキラと輝いていた

窓の外の景色を眺めながら俺は・・・
まだ付き合う前のと一緒に、ここへきたことを思い出していた


この観覧車にも・・・二人で乗った
臨海公園の大観覧車とはまた違う・・・ノスタルジックな空間
初めての二人きりの『密室』に・・・鼓動を早める俺をよそに
「次は何に乗ろうか」って・・・今思うと本当に子どもみたいにはしゃいでいた

ジェットコースターでは、ありえないくらい大声出してたんだよな・・
無意識に繋いだ手が・・・どれだけ嬉しかったか、きっとはいまだに知らないだろう
とにかく大騒ぎだったは、乗り終わったら「息するの忘れてたっ!」って真っ赤な顔をしてた

メリーゴーランドは、俺が嫌だって言うのに
「お願いだから、どうしても〜」って白馬に乗せられたような・・・
あの時は恥ずかしくてたまらなかったけれど・・・
どうしてあんなに白馬に乗せたがったのか・・俺には今もって解からない

それから、夜のパレードを二人で眺めた
煌びやかな光の洪水を前に・・・少しだけ寂しさを覚えた俺をは知っていただろうか
あの時、光の向こうに見えたものは・・・・言葉には出来ないけれど
あふれる光の中で・・・一番きれいだったのはだった・・・


こうして上から眺めていると・・・様々な思い出が蘇ってきた
けれど・・・ぐるりと見回しても、本物のを見つけることは結局出来なかった






観覧車を降りた俺は、いったんを探すことを諦めて、お化け屋敷へ向かった
が「行くんだ」と言っていたこの場所は、俺の「一人でもデートの気分」にはやっぱり必要だったりする

幽霊病院・・・「世界一怖いお化け屋敷?!」と大きく看板に書いてあるこの場所は
かつては、子どもだけが怖がるような、いたって普通のお化け屋敷だった
けれど、遊園地のリニューアルで、「12歳未満単独での立ち入り禁止」の場所になったらしい

眠たそうにあくびをしていたお化け屋敷専用チケット売り場のおっさんに500円払うと小さなペンライトを一本渡された


「途中で3箇所避難口があるから、歩けなくなったらそこから出てください」

避難口があるって・・・そんなに怖いものなのか?

そう思いながら入り口で中をうかがっていると・・・


「an uncle move aside !(おじさんどいてよ!)」

と俺を押した奴がいた

おっさんとは何事だ・・・・

と思いながら振り返ると、目の前に藤井が仁王立ちで俺は心臓が口から飛び出るくらい驚いた


「Doesn't it enter?(入るの?入らないの?)」
「・・・It goes into your next.(君の次でいいよ)」

「ふぅん・・・、先に入っていいって!」
「ちょっと奈津実ちゃんったら、もぉ、ごめんなさい失礼します」

俺をいぶかしげに見上げる藤井と、申し訳なさそうに頭を下げたを見送って、俺はようやく ふぅ と大きく息をついた
まさか、この広い遊園地の中で本当に会えるとは思わなかった・・・・
内緒でここへやってきた俺は、心臓がドキドキと激しく動いているのが解かった

でも、待てよ・・・

二人とも・・・俺だと気づかなかったんだよな?
俺は、真っ暗のお化け屋敷の中に吸い込まれていった、のあとを追った









「きゃぁ〜〜〜っ」

黄色い声が派手に聞こえている
通路は両側にいろいろな部屋があって・・・おぼろげな赤いランプがドアの上についている
確かに・・・普通のお化け屋敷よりは・・・暗さと寒さを感じるものの

女ってのは、こういうので結構怖がるものなんだ・・・

などと、余裕の気分で俺はたちに追いつかないようにゆっくりと歩いた


早く早く!」「待ってよ、きゃぁぁぁ〜〜」

少し先を行く二人の絶叫がに気をとられていたら、俺の目の前にもお化けが出現して

「おぉっ・・・びっくりするだろ」

と、思わず情けない声を出したりした・・・
さすがに人が実際に脅かすシステムになっているからか、それなりに怖い

お化け屋敷の中は・・・本当に真夜中の病院の中を歩いているようだった
待合室から始まって・・・暗い廊下を歩いた先のドアを自分で開けなければいけない
手元にはペンライトが一本・・・ドアの上に怪しい赤いランプ
それ以外照明がないから・・・ドアに掲げられた「外科病棟」とか「手術室」って文字をペンライトで照らし自ら確認しながら進む様になっている



「もぉやだぁ〜〜」

俺が進もうとするひとつ先の部屋から、の情けない声が聞こえてきた
あんなに怖がっているのは、尋常ではない・・・・大丈夫だろうか



、座ってたらおいてくよ〜!」
「まってぇ」
「もぉ、しっかりしなってばぁー
 次は霊安室?マジ怖いじゃん、は薬局にしておきな」
「ちょっと、奈津実ちゃん一緒に行くよぉ」
「どうせその先で合流するよ、じゃ、アンタはそっちのドアね」
「やだぁ、奈津実ちゃん、あぁー!」

たちの進む先では、どうやらドアが二手に分かれているらしい
お化け屋敷に入りたいと自ら志願した藤井は勢いに乗っているんだろう
204号室と書かれた病室を出ると・・・廊下で固まっていたが薬局へ進むところだった

ギィィィィーー

重いドアを開く音がして・・・へっぴり腰のが中へ消えた途端


「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!!!やぁぁぁーーーー!」

今まで以上にすさまじい叫び声が聞こえて、俺は思わず薬局のドアに飛び込んでいた


!」
「きゃぁぁぁぁーー、いやぁぁーーー」

は天井からぶら下がっているただの白い布に絡まり、身動きが取れなくなって、パニック状態になっていた


「いやぁぁー」
「落ち着け、、落ち着け」
「やぁ、怖い怖い怖いっーー!!」

布に絡まったは、近づいた俺をお化けだと思ったのか「来ないで来ないで!!」と叫び続けた


「だから、落ち着け!」

俺は絡まった布からを引き剥がし・・・胸の中に収めてぐっと抱きしめた

「あ、あ、あ、あ」
、俺だ」
「け、け、珪くんっ?!」
「ん、俺だから、もう怖くないから・・・大丈夫だ」

過呼吸みたいに何度も息を吸うだけのを落ち着かせようと、俺は薬局の真ん中で強く抱きしめた

「け、珪くん、珪くんなの?」
「ん・・もう心配要らない」

は、腕のなかですぅっと大きく息を吸い込んで、はぁぁっと吐き出すと、ぎゅっと俺の背に腕を回した


「あ、ありがと・・・」
「ん・・・もう大丈夫だ」

は、必死に俺にしがみついてしばらく肩で息をしていた
俺は「もう怖くないから」と言いながら、ずっとの頭を撫で続けた
時間にしてみれば、一分も経たなかったのかもしれないけれど
本当に怖くてたまらなかったであろうは、俺の腕の中でようやく落ち着いて、しがみついていた腕を緩めた


「ねぇ・・・珪くん、なんでここにいるの・・?」
「あ、いや、それは・・・だな、とりあえず、ここから出よう」
「うん、そうする」

ひとまずは納得していないの手を引いて、俺は出口へと急いだ
途中で藤井に追いつくだろうと思ったけれど、藤井は相当早足で順路を抜けたらしく、どこにもいなかった
途中途中、出現するお化けにいちいち驚いて騒ぎながら、俺たちは出口へたどり着いた
真っ暗な場所から外へ出ると、まぶしい光と、再び仁王立ちの藤井が俺たちを待ち構えていた


「やっぱり、アンタだったんだ」
「久々・・・藤井」
「まったく、変装なんかしちゃって〜バレバレだよ」
「気づいてたのか?」
「初めは気づかなかったけど、英語で返事する奴なんて、普通いないじゃん」

普通いないって、英語で話しかける奴も普通いないと思う
しかも「おっさん、どいて」って言わないだろ


「もぉ、私はぜんぜん気づかなかったのに〜」
「だから〜、葉月だってわかったからを置いて先に進んだんじゃん、友情友情
 それにしても、アンタの叫び声ものすごかったね〜」

そう言うと、藤井はけらけらと笑った
もし俺じゃなかったら、どうなったんだろうか・・・
ってふと思ったけれど、藤井の勘の鋭さに感服としておこうと思う

それから俺たちは3人で展望レストランで昼飯を食った
二人の久しぶりの再会を邪魔した俺は、遊園地へ着た理由をしつこく聞かれたけど


「偶然・・・本当に偶然だ」

そう言って押し通した
もちろん、二人とも「偶然を装っていた」と思っているらしく
「ケーキセット追加ね!」なんて事になった

それでも、と二人のデートとはまた違った楽しさを味わったことを考えれば
カレーライス3人前とケーキのセットくらい安いもんだ・・・と思う


飯を食い終わった俺は、たちと別れて出口へ向かった
藤井も「一緒に遊べばいいよ」と言ってくれたけれど、そこは俺だって気を使う
「もう充分楽しんだから、あとは二人でのんびりしてこいよ」そう言った


帰り道バスの中のルームミラーに俺が写っていた
派手なフライトジャケットに、レザーの帽子
行きはあんなに嬉しかった変装も
ばれてしまえば気恥ずかしいだけで、なんだか居心地が悪かったけれど
12月の寒い日曜日は・・・思いのほか楽しい一日だった・・・




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